一麦の群

巻頭言集16-20

月報「活けるキリスト 一麦」巻頭言集 松原和人著

巻頭言集表紙巻頭言集本文

2009年2月第3週から週報に巻頭言集から抜粋し、「今週の霊想」として、毎週掲載しています。

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  • 第16号より 1955年(昭和30年)4月 『会堂七周年記念に思う』
    • “汝ら欺(あざむ)かるな悪しき交際は善き風儀(ならわし)を害うなり、汝ら醒(さ)めて正しうせよ罪を犯すな“(Ⅰコリント15:33~34)

      会堂七周年記念に思う

      現在の会堂は元建築時事務所で、七年前の今日(3月31日)信仰を以って一文無しで此処(ここ)へ移った。持ち主曰(いわ)く「あなたの信じてみえる神様を信用しますから何時(いつ)入って下さってもよろしいが四月末日迄に全額(50万円)を持参して下さい」私はこれを神様の与え給いし建物なりと確信した。「会堂が目的ではない霊魂が目的であるこの会堂はリバイバルを拝(はい)せん為に与えられたのだ」爾来(じらい)七(なな)星霜(さいげつ)雨の日も風の夜も祈り続け伝えつヾけ、日曜学校の子供数十名が半月ばかりの間に残らず悔改める奇しき聖業が起りその火が大人に燃えうつって教会の霊状は一変した。市内各地に集会がもたれ県外にも伝道所が出来大阪にも東京にも火は燃えついた。主はなし給わん主は必ず祈りに応え給わん。リバイバルを共にお祈り下さい。

  • 第17号より 1955年(昭和30年)5月 『電話に就いてお願い』
    • “凡ての重荷と纏(まと)える罪とを除け忍耐をもて我らの前に置かれたる馳場(はせば)を走り信仰の導師また之を全うする者なるイエスを仰ぎ見るべし“(ヘブル12の1~2)

      電話に就いてお願い

      私はもうすぐ50才になるのでその日までにもっと潔められて神様の御用に応(かの)うものにせられたいと祈り求めて来た。今迄身体の弱さに纏(まと)われつかれたこと再々であったが、この頃では使命を成し終る迄は決して倒れるものでないという確信をもつことができ霊の状態も健康もあまり気にかけないでリバイバルに突進し得るようになった。当教会も会員一人もいないところから始まって、去る4月10日の復活説礼拝には145名で会堂に入り切れず、かく会員数の増加につれて事件も多くなり牧師は益々多忙になり時間をよほど智(さと)く用いねばならなくなった。教会に電話を設置したいという案が出て、役員会では成可(なるべ)く早く電話を買うということに意見がまとまりました。この為に御加祷下さるとともに自由に御献金下さる様お願い致します。

  • 第18号より 1955年(昭和30年)6月 『リバイバルと会堂建築』
    • “御霊言い給う「我なり」“(使徒10の20)

      リバイバルと会堂建築

      私は昨年は健康を害(そこ)ねてあまりに胃が痛むのでこれでは倒れるかも知れない。満五十歳の誕生日迄リバイバルを祈り抜いて聖国に行きたい。そんな願で祈りつづけて来た。その結果はどうなったか。“得たりと信ぜよ”との聖言と共に信仰が来た。さて信仰が来れば踏み出さねばならない。今の会堂では狭いし古くなったので大きい会堂に改築してリバイバルに備えようということになった。各自しめされるままに献げて頂き度(た)く教会としてはいつもの如く祈って主を御期待申上げるばかりである。私はこの為に祈り続けて来たが或る日“御霊言い給う「我なり」”(使徒10:20)との聖言をきいて確信が来た。自分の責任でもない。役員や会員が建てるのでもない。主御自ら建て給うのである。“銀もわがもの金もわがもの”と仰せ給う主は豊かに充し給うに相違ない。

  • 第19号より 1955年(昭和30年)7月 『主の聖戦は進むなり』
    • "その時神の御霊汝に臨みて汝変りて新しき人とならん是らの徴(しるし)汝の身に起らば手の当るにまかせて事を為すべし神汝と偕に在せばなり"(Ⅰサムエル10:6~7)

      主の聖戦は進むなり

      盛夏を迎えて主の聖戦愈々(いよいよ)酣(たけなわ)である。6月末津村兄殉教の地瑞穂区陽明町に8日間の天幕伝道を終るとまもなく7月6日より一週間の千種区未盛通のテント伝道、翌13日(水)朝は大阪行、10日間の関西伝道、27、8、9の3日間は守山伝道所に於ての聖別集会、31日(日)の聖日は岐阜ハームス先生の教会、8月になると4目朝立って軽井沢霊響山道場の修養会に8日迄滞在9日には東京に出て東玉川の聖会を始め帝都に伝道して14日(日)礼拝迄に帰名の予定。つゞいて16日(火)から京都、大阪、高田方面の伝道に出かけて21日夕方帰名、23日より4日間岐阜の山奥水上兄並村瀬姉を訪ねて山村伝道、29日より9月2日迄待望の雀のお宿の聖別集会で夏のプログラムを終る。み恵みにより健康を支えられて主の聖戦を進め度諸兄姉の御加祷をお願いする次第です。

  • 第20号より 1955年(昭和30年)8月 『我等の悲願』
    • “汝らがわが名によりて願うことは、我みな之を為さん“
      (ヨハネ14:13)

      我等の悲願

      敗戦後十年、祖国未だ醒めず。いかにせばこの日本を救いうるか、誰か起(た)ちて之を救うものなきか。教会に行く人は200人に一人位もあろうか、教会又微力(びりょく)にして、故秩父宮(ちちぶのみや)様をして「現今の教会はなぜ聖書通りの力ある業が出来ぬのか」と歎(たん)ぜしめた。キリストの弟子達は聖霊を受けてその能力によって傳(でん)道(どう)したから、使徒行傳(しとぎょうでん)の様(よう)な聖業が出来たのである。問題は死と甦(よみがえ)りに徹底することである。自我に死に切り、聖書に占領されて上よりの爆力(ばくりょく)に満たされるより外に道はない。我が教会はこの一事のために無一物、無会員より起(た)たされて茲(ここ)に13年、漸(ようや)く教会の基礎も強固になり、あちこちに傳(でん)道所(どうしょ)も出来つつある。遠近各地より恵を慕うて集まるもの多く献身修養を望む青年男女も各所に起りつつあり、短期間教会に滞在して霊気にふれたいと願う人々瀕々(ひんひん)たる有様である。一日も早く会堂改築を成就して頂きたいものである。

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