一麦の群

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”しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。”
コリント人への手紙第一1章23節

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バイブルメッセージ ・・2月

「あなたのみことばによって、私の歩みを確かにし、どんな罪にも私を支配させないでください。」(詩篇119:133)

 車を運転して、ショッピングモールに着いたとしましょう。あなたは、大きな駐車場の中で空いているところを見つけ、車をバックさせ始めます。ハンドルを切り、ミラーを見て駐車しながら、あなたはひとつのことに気づきます。「駐車スペースにひかれた白線を見るよりも、隣の車と平行に停めれば、まっすぐにできるじゃないか。」
 そうして、隣に合わせて車をバックさせます。しかし、気持ちよく車から降りたあなたが気づくのは、実は、隣の車はななめに駐車されていて、結果、あなたの車もななめになってしまっているということでした。
 私たちは、隣の車は白線に沿ってまっすぐに駐車されているはずだ、と思いやすいものです。いや、そう思いたいのです。現実には、そうでない時があるのにもかかわらず。

 これを人生にあてはめてみましょう。私たちは周りの人、この人、あの人に沿っていけば、ついていけば、正しく、まっとうに生きていける。罪などとは無縁に生きていける、と思いやすいのではないかと思います。とにかく周りに合わせていこう。とにかくみんなと並んでいればよい。
 しかし、ふと我に返った時に、周りの人がななめになっていて、それに一生懸命沿おうとした自分もななめになってしまっている、ということはないでしょうか。

 私たちは白線を見なくてはならないのです。しっかりとひかれた、動くことのない白線を。でも、往々にして、その白線を見失い、目指すべきことや、従うべきこと、何が正しくて、善いことなのかがわからなくなってしまうことがあります。

 聖書は教えるのです。聖書のみことばが、あなたの歩み、人生を確かにしてくれ、罪に陥らないように守ってくれる道なのですよ、と。いわば、聖書がひかれた白線なのです。これに沿っていけば、きよく、正しく、愛にあふれた生涯を送ることができるのです。
 人は、どんなに立派な人であっても、どんなに大多数であっても、まっすぐではありません。人を見ながら生きてため息をつく人生ではなく、聖書に沿う歩みを始めてはいかがでしょうか。

 教会の礼拝を見学に来てみてください。聖書が読まれ、あなたへのメッセージが届けられます。持ち物は何も要りません。いつもの格好のままでよいのです。遠慮しないで、いつものあなたでいらしてください。教会は心から喜んであなたをお迎えいたします。†

《一麦教会 牧師》

集会案内

  • 日曜日
    聖日礼拝 AM10:00
    教会学校 AM8:45
    中高科クラス AM9:00
  • 第2日曜日 午後
    壮年会
  • 第4日曜日 午後
    青年会
  • 毎週水曜日
    祈祷会 PM7:00
  • 毎週金曜日
    アンデレ集会(聖書の学び) AM10:00(休止中)
  • 第2火曜日
    婦人会 AM10:00
  • 第4火曜日
    ヤングミセス AM10:00

そのほかの活動

  • 手話の勉強会
    毎週月曜日 AM10:00
  • ハンドベル
    毎週木曜日 AM10:00

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