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2026.07.01
わくわく夏フェスin一麦教会 8月22日午後2時
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2026.02.21
「あなたはきよい」と言われても、「え、それなに?」と思っちゃうあなたのための本
◆きよめの恵みをわかりやすくお伝えするために...
2026年 年間聖句
「それは、あなたがたの信仰が、人間の知恵によらず、神の力によるものとなるためだったのです。」
コリント人への手紙 第一 2章5節
バイブルメッセージ 7月
「遊興や泥酔、淫乱や好色、争いやねたみの生活ではなく、昼らしい、品位のある生き方をしようではありませんか。」
(新約聖書 ローマ人への手紙13章13節)
冒頭の聖書のことばは、生粋のユダヤ人でありながら、イエスさまを油注がれた方、すなわち、王であり祭司であり預言者である救い主と受け止めたパウロが、ローマに誕生した教会に宛てて書き送った書簡の一部のことばです。
「ひと」とは、不思議な存在です。新しいいのちが母親の胎から産まれ出て、母親の母乳を安心して飲み出し、飲みながら寝てしまう姿をみて、「従順」とはこのようなことを指すのかと、親になって改めて「従順」の意味をかみしめます。
ところが、しばらく月日が経ち、乳離れをする頃になると、ニコニコして笑顔を浮かべるか、母乳をもっと欲しいと泣くか、静かに寝入っている顔に混ざって、違う顔を垣間見るようになります。親が教えたわけでもなく、誰がそうせよと勧めたわけでもないのに、「従順」に敵対するかのように、小さなごまかしをしたり、小さな嘘をついたりした時に、違った表情を浮かべるようになります。
弟か妹が誕生すると違った表情が生まれることがあります。それまで「独り占め」の感覚を抱かなかったのに、親の愛が弟や妹に振り分けられるのをみて、今まで持ったことのない感情が芽生えます。中には、悪い感情もあります。親の愛を何が何でも「独り占め」したいという「ねたみ」の感情が悪い感情です。酷くなると、弟や妹に意地悪をして泣かせたあげく、親には弟や妹は面倒な子という印象を持たせることまで仕出かします。そして、意地悪をした本人は、弟とか妹にくらべて、いつも「従順」である「よい子」であることを演出することになります。誰が、演出するように、教えるのでしょうか。
創造した神の逸品に傷がつき、神の教えに反する誤った関係にあることを、聖書は罪と教えます。罪は、「ひと」が、創造主の神に立ち返らないと、「ひと」にひばりつき、まとわりついたままになります。「ねたみ」は、まとわりついた罪の表われです。
聖書の中に知恵を教える書があります。そこには「ねたみ」について次のように教えています。
「穏やかな心は、からだのいのち。ねたみは骨をむしばむ。」(旧約聖書 箴言 14章30節)
「ねたみ」は、健全な骨をむしばむと聖書は教えます。神に立ち返り、神がきよめてくださらないと、「ひと」が「ひと」の力では立ち向かえないほどのものだと、同じ箴言の書の別の箇所では次のようにも教えます。
「憤りは残忍で、怒りはあふれ出る。しかし、ねたみの前には、だれが立ちはだかることができるだろうか。」(箴言27章4節)
もし、「ねたみ」や「嫉妬」に苦しんでおられる方がおられましたら、どうか一人で苦しまないで、悩まないでください。義人はひとりもいないですから、「ねたみ」の束縛から解放する方に、解放の仕方を教わればよいのです。教える方は、あなたを造られた創造主の神です。
冒頭のことばに続いて、聖書は次のように勧めます。「主イエス・キリストを着なさい。欲望を満たそうと、肉に心を用いてはいけません。」(ローマ人への手紙13章14節)
ホームページをご覧になっておられる方へ、まとわりつく「ねたみ」から私たちを解放する神であるイエス・キリストに感謝をささげる教会に、一度いらしてみませんか。教会はあなたのことを心から歓迎しますし、何よりもイエス様はあなたがいのちの道を歩むことを喜んでくださいます。
(一麦教会伝道師 二宮雅信)
◆「あなたはきよい」と言われても、「え、それなに?」と思っちゃうあなたのための本





