2026年 年間聖句
「それは、あなたがたの信仰が、人間の知恵によらず、神の力によるものとなるためだったのです。」
コリント人への手紙 第一 2章5節
バイブルメッセージ 5月
「ですから、悔い改めて神に立ち返りなさい。そうすれば、あなたがたの罪はぬぐい去られます。」(新約聖書 使徒の働き 3章 19節)
「ごめんなさい。もうしません。」
幼い頃から教会に通っていた私ですが、悔い改めというのはこう祈ることだと勝手に考えていました。
自分のわがままや悪、心の中の闇、これを後悔したり悲しんだりすること、それはとても人間らしく、良いことでしょう。でも、そこで終わってしまうことが私たちは多いのかもしれません。
イエス様は「悔い改めて」と呼びかけます。「ごめんなさい」で終わるなら、それは「悔い改め」の「悔い」だけですよ、と。大切なのは悲しみを抱えながら、でも、「改め」てみること。
聖書は「神に立ち返りなさい」と教えます。ごめんなさい、と悲しんで、自分を責めて、嫌いになって、それで何もかもやめてしまわないで、あなたの罪をゆるしてくださる心やさしいイエス様を信じ始めましょう。それがあなたの悔い「改め」なのかもしれません。神様は、あなたの闇がどんなに深くても、どんなに悲しい罪であったとしても、それをゆるし、あなたに新しい人生を与えてくださるのですから。
ある方が言いました。「罪はまるで快適な監獄のよう。牢の扉は開いているけれども、そこから出ようとはだれも思わない。けれど、時が来ると牢の扉はガチャンと閉まる。そして、その時、人は突然気づく。もう、手遅れであることに。」
これを読んでおられる方で、罪がもう嫌という方がいるかもしれません。よかった、いかがでしょうか。悔い、改めて、キリストを信じる人生へ一歩踏み出してみては。教会の礼拝にぜひお越しください。何も遠慮は要りません。持ち物も不要。いつものあなたの姿でお越しください。イエス様と教会はあなたが来られるのを心から歓迎いたします。
(古田大展 一麦教会牧師)
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