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202年 年間聖句

「それは、あなたがたの信仰が、人間の知恵によらず、神の力によるものとなるためだったのです。」 
コリント人への手紙 第一 2章5節

バイブルメッセージ 4月

心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。」(旧約聖書 箴言3章5節)​

 日常生活の中で、「これなら確実だ」、「これなら大丈夫だ」、「これなら間違いない」と疑いもなく思っていたことが、突然、「これなら」と確信していたものが崩れてしまうことがあります。何を信じて生きていけばよいのか分からなくなり、不安感ばかりが襲い、酷くなると自分を責めてしまう思いに覆われることが起こります。さらに、自分の手が及ばない疫病や戦争の発生による不確実性が原因となって、生活が行き詰まってしまい自分を制御出来ない状態に陥ってしまう
こともあります。


 こんな状況に陥った場合に、どのように不確実性に向き合えばよいのでしょうか。
 聖書には先人たちの知恵がちりばめられています。冒頭の一節は、「知恵の書」と呼ばれる「箴言」にある言葉です。聖書の中に、40年間、荒野と呼ばれる荒涼とした地で、水も食べ物もなく、テント住まいを続けたエピソードがあります。聖書によると、40年間、毎日の食べるパンから水まで、荒野の生活に必要なものを全て神が与え続けた現実があったと伝えています。


 荒野の生活と言えば、沙漠や土漠の中で生活することで、不確実性と隣り合わせの生活です。日々の生活とは不確実と向き合うことなので、不確実性を除去するのを求める歩みではなくて、不確実性の中で生き抜いてゆく強靭性を探求する道を聖書は教えます。その強靭性は、不確実な状況の中にあっても、人とともにいて励まし続ける神がいることを知り、その神に信頼する信仰から生まれると聖書は教えます。


 聖書の教える神とは、天地万物を創られ保たれている、ひとりの見えない真実の神です。この神が「神のかたち」として人類を創造したと聖書は教えます。人類は、神が造られた神の作品であることを知ることによって、創り主に感謝する心が戻ります。荒野での生活を通して、歩む道を教える神に、「神のかたち」である人は朝ごと感謝するのが健全な道と教えます。


 その教えを知恵として語り継いでゆく格言のような言葉が、冒頭の箴言の一節です。依り頼めるのは自分を創り出したひとりの「主」なる神であることを知ると、「自分が生きている」という発想から、「自分は生かされている」という発想に変ります。「自分が生きている」の発想を「自分の悟り」と聖書は教え、「神に生かされている」という発想が「主に依り頼む」と聖書は教えます。


 今風に言えば、コンピューターや半導体を搭載した製品であろうと、製品に不具合が発生し修理が必要と判断されたら、その製品を設計し製造した製造元に修理を依頼して直してもらう関係に喩えられるでしょうか。製造元から元どおりになった製品が届けられたら、「よかった、ありがとう」という言葉が出るでしょう。製品自体は自責の念を持つことはありませんが、神の作品である人が、自分を設計した神に感謝の心がささげると、不確実性は残っていますが、自責の念や不安感が自分から遠のいてゆき、気づけば強靭に不確実に向き合いまっすぐな道を歩んでいる自分に気がつきます。


 ですから、冒頭の知恵の一節に続いて、聖書は次のように教えます。「あなたの行く道すべてにおいて、主を知れ。主があなたの進む道をまっすぐにされる。」(箴言3章6節)


 ホームページをご覧になっておられる方へ、ひとりの神である救い主イエス・キリストに感謝の礼拝する教会に、一度いらしてみませんか。教会はあなたのことを心から歓迎しますし、何よりもイエス様はあなたがいのちの道を歩むことを喜んでくださいます。

 (二宮雅信 教会スタッフ)

◆「あなたはきよい」と言われても、「え、それなに?」と思っちゃうあなたのための本

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